残暑田舎道

少しずつ夏の終わりが近づいていますね。
山陰の田舎道も残暑の少し煙ったくうきが辺りを包み、
濃い緑の林がギラギラ輝く太陽に照らされて
美しい緑色になってました。

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JR山陰本線 竹野~佐津
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鉄道の強さ

1945年8月6日の原爆投下後、たったの3日で市内線の一部を復旧させた広島電鉄。
復旧直後は無理に料金をとることなく、絶望の淵にいた市民の希望の光となったと言われています。

それはまさに、
2011年の東北大震災の直後の三陸鉄道の復旧に通ずるものがあり、
鉄道の強さ、
つまりは鉄道に列車を走らせるために日々精進されている方々の強さに感動せずにはいられません。

4年前の夏の写真を見返していて、ふとそんな事を感じた今日でした。


2010年8月 広島電鉄 原爆ドーム前

涼しい音

目の前にはトンボの群れ
耳からはせせらぎと蝉の鳴き声
鼻に香るのは木々の匂い

1日に数本という秘境
撮影まで待つ時間はとてつもなく長いはずなのに
ずっと森の中に身をゆだねているだけ
それだけで十分幸せな時間でした。

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2007年夏 JR山田線 平津戸~川内


同上

秘境ブーム

秘境ブーム。
いまや飯田線などでは
秘境駅をめぐるツアー列車まで走るほど、
ブームとなっています。

・・・でも私は何か不思議な気分にもなります。
秘境 というからには、人々の認知がほとんどなく、
人の往来も極めて稀でなければ成立しません。

すなわち、秘境と言われてきたところは、
注目されたその瞬間から、秘境ではなくなるのです。

私が生まれた昭和の時代は、
鉄道の世界もまだまだ秘境が沢山あったと思います。

国鉄再建法によって、秘境路線が淘汰されるまでは・・・

写真は在りし日のJR岩泉線です。
国鉄時代の頃から秘境路線と呼べるに相応しい山岳地帯に
その線路は敷かれ、手続き上は今年の4月まで生きた路線でした。

私が岩泉線にはじめて足を運んだのは1998年。
その時の感動、感激が忘れられず、
廃線になるまで何度か訪れました。

秘境路線。
利用者がほとんどいないのなら、
有っても仕方ないと言われてきたことでしょう。
でも私はその存在意義は必ず見いだせそうな気がします。
なぜなら、
時代が変われば「秘境」も立派なビジネスとなりえるからであり、
同時に「秘境」ではなくなり得ることができ、
人を呼び寄せることができる可能性が生まれるからです。

路線存続には最後にはお金の話も出るでしょうが、
今後の日本のローカル線の在り方を色々と考える岩泉線廃止でした。


2007年夏 JR岩泉線 押角峠

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同上

夏海車窓

生い茂る山々の深い緑。
そして丹精込めて育つ田園。
そこに住まう人々。
背後に広がる母なる穏やかな海。
夏の車窓。
陽気で明るいようで
穏やかであったかい風景が
蝉の音色とともに流れゆく。

夏の列車の旅。
ふとローカル線に揺られたくなります。

写真はJR四国 高徳線です。
JR四国のカラーは、まさに夏の海に似合う、良い色だと思います。
その四国カラーを正当にまとった車両も少なくなってきました。
写真は2011年の夏に撮影したものですが、
現在はキハ40系列の運用も激減したようであり、
有名な大坂峠を走る勇姿もなかなかお目にかからなくなりました。


JR四国 高徳線 讃岐相生~阿波大宮

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プロフィール

かすが

Author:かすが
平凡な社会人です。
1980年生まれ。
現在は兵庫県西宮市在住。
生まれつきの鉄道好き。
乗り鉄、切符、模型、写真・・・
幅が再現なく広がってゆき、
現在は 写真 の魅力に。

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