遠い記憶

昔を思い出すのは、たいてい、
目の前に現れた景色や現実、音、においの一片が、
昔感じた事と極めて似ている、
そんな一致から来るのだと思う。

登場当時の色になった860系。
色々と改造されて原型を留めていない部分はもちろんある。

夜、駅に滑り込んだ列車を見ていると、
その風情のある木造の駅舎の向うに見えたものは
まさに原型をとどめた車両の一部。

タイムスリップしたかのようだった。


伊賀鉄道 桑町駅 2011年10月



夜の鉄道風景。
いいですね。


伊賀鉄道 猪田道駅 2011年10月
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記憶の中の風景

いつだったか・・・
二十数年前に故郷で見ていた風景。
そのカケラのような時間を見るたび、
幼少の自分が何を考えていたのか、そんな記憶を辿りたくなる。

ほのぼのしますね。
人のつながりを強く感じる風景は、
鉄道は人々のために存在し、そして人々によって動かされていることを、
改めて強く思います。

伊賀鉄道 上野市駅 2009年3月7日


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トワイライト

皮肉といえば皮肉。
人気列車のトワイライトエクスプレス。
この構想が出るまでは、日本海が北海道への観光列車としての役割を果たしていたと思われる。

そう考えると、
特急日本海を トワイライト色した機関車が牽いている
それがとても皮肉に思えた。

東海道本線 新大阪駅


奥羽本線 白沢~陣場
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50年のあゆみ 820系(860系)

伊賀鉄道860系。
この3月、ひっそりと定期運用から離脱すると言われている。
昨日19日が最終日ということになる。
昨日は運用されたのだろうか・・・

子供の頃、生駒線で毎日見ていた車両だけに、この車両への想いは深く刻まれている。
奈良線→京都橿原天理線→生駒田原本線→そして伊賀線・・・
実に28年もの間、伊賀の里で人々を運び続けた。

2009年3月 伊賀鉄道 猪田道駅



ふつうに人々を運び続ける姿がいい。
定期運用を離脱すれば、もう”檻の中の動物”のように見えてしまう。
でも、縁あってか、人知れずこの世を去らずに残してくれる計らいに、嬉しさを感じる。

2011年10月 伊賀鉄道 猪田道駅
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2011年10月 伊賀鉄道 猪田道~市部
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特急日本海 定期便の最期

急行日本海の時代から脈々と受け継がれてきた、日本海縦貫ラインの列車。
日本海縦貫線を走破する列車はいよいよ貨物だけになってしまった。


湖西線 近江中庄 2012年3月
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日本海 あと一週間

寂しくなりますね。
色々な情報をみるに、どうも乗車率だけを考えれば
ちょうど損益分岐点をさ迷う感じだったようで、
乗車率が悪いという事が、廃止の直接的な理由でもなかったよう。

存続させる手はいくらでもあるだろうが
企業の経営方針を含め様々な柵が、存続させない結論に至ったように感じる。

しかし、マーケットインの観点から考えた場合、どうなのだろう。
今まで存在した需要は何が代わりとなって救ってくれるのだろうか。

他の交通手段や経済状態、日本人の移動に対する費用の価値観など
沢山の要因が変化し、鉄道における夜の移動は淘汰する方向へと走らせた。

今回は特に色々と考えさせられるブルトレの定期便廃止だ。

敦賀駅 2008年1月


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日本海3号最後の旅

2008年1月、この時は日本海が1往復になるダイヤ改正を3月に控えての乗車だった。
日本海3号は編成こそ現在と同じ青森運転所で同じであるが、
走る時間帯が魅力的であった。
平日、会社を終えても十分乗車できる遅い20時17分に大阪を発車。

敦賀では機関車の付け替えもあり、
その時間を利用してサンダーバードが追い越して行くというダイヤだった。

敦賀駅 日本海3号 2008年1月

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プロフィール

かすが

Author:かすが
平凡な社会人です。
1980年生まれ。
現在は兵庫県西宮市在住。
生まれつきの鉄道好き。
乗り鉄、切符、模型、写真・・・
幅が再現なく広がってゆき、
現在は 写真 の魅力に。

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